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人生万事塞翁が馬

遠い海鳴り③


「ミスター・アラヤ。早速のご指摘感謝する」
 ウェイバーは丁寧な口調で言った。

「彼女の使った術式が分かれば、そして貴方に指導しうるものであれば指導していただこうと思いましたが、どうやらそれ以上お手を煩わす必要はなさそうです。この子は、全くの素人。ただ、自身に潜む魔力を暴発させてしまっただけだとしたら、その抑制の仕方を一から叩き込むまでです。手間をかけさせて申し訳なかった」
 そして彼は、子供を受け取ろうと手を伸ばす。
 だが、異国の魔術師はその身振りにはこたえず。子供を拘束したまま、陰鬱に哂った。

「まあ、待てベルベット殿。君の私への用事は終わったかもしれないが、私のこの子への用事はまだ済んでいない」
 それは。とてつもなくイヤな予感のする笑みだった。

 ウェイバーの体に緊張が走る。彼は、子供を取り戻そうとさらに手を伸ばした。
「あなたの用事とはどういうことです。それは、私の弟子だ。余計なことはしないでもらおう」

「余計なこととは。君が私に助力を求めてきたのではなかったかな」
 苦悩に満ちた顔が諧謔にわずかに歪む。
「何、心配せずとも良い。無理矢理に何かをしようと言うのではない。ただ、私は意思を問うまでだ」
 暗い眼差しが、子供の目をまっすぐに捉える。

「起源は自覚しただけでは意味がない。君の起源は『見抜くこと』だ。これは、覚醒させてこそ力になる。何者にも囚われぬ、超越した者に……なりたくはないか」

 問いかけは日本語で行われた。久々に聞いた母国の言葉に、子供の目が見開かれる。

「ちょうえつした……もの……?」
 小さな唇が、相手の言葉を反芻する。
「そうだ。特別な存在、常識に囚われぬ者になりたくはないか、子供」

「特別な……モノ。常識に……とらわれない……?」
 子供の顔が、不意に大きく歪んだ。その目から、大粒の涙がこぼれる。
「そうなったら……私、もう夢見なくてすむかなあ……? 立花さんや、井狩さんや望月さんの……。お腹が減った、って。帰りたい、って、泣いてる夢、見なくてすむのかなあ……?」

「ああ。きっと」
 魔術師はうなずいた。
「しかし、二度と家には帰れんぞ。お前は両親や家族など必要のない、次元を異にした者になるのだから」
「家になんて……きっと、もう帰れない……」
 子供は泣きじゃくった。
「いいよ……。いいよ、おじさん……。忘れられるんなら、私、なんでも……」
 苦悩に満ちた魔術師はうなずいて、子供に向かって手を伸ばした。

                            =続く=

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遠い海鳴り②


 そうか。気を飲まれながらも、ウェイバーには思い当たる節があった。

 世界を周る旅の途中。
 最後にもう一度、と思って立ち寄った日本で、彼は偶然その奇怪な事件に遭遇した。
 さほど深くない山の中、行楽客が多く通る山道で、三人の少女が死体となって発見されたのだ。
 ひと月以上も前に、近くのキャンプ場から行方不明になった彼女らは、衰弱しきり、飢え切った状態で道端で死んでいた。
 山の捜索は何度も行われていた。死体の見付かった場所にずっといたなら、手遅れになる前に救い出せたはずだ。自分で山道まで出て来たのか。だが、どうして三人が三人、そろいもそろって死んでから初めて人目につく場所に現れたのか。
 何者かが、子供らを拉致して衰弱死させ、死後山道に放置した……そんな可能性が論議されたが、犯人らしき人間は浮かび上がることもなく。
 そんな話題が消えかけている頃に、ウェイバーは少女にたどり着いた。

 死んだ子供達と最後に会っていた少女。暗い目をして、怯えた十一歳の子供。
 ひと目見て、魔力を感じた。何が起こったか、分かったと思った。
 幼いながら魔力を操るこの娘が、級友を結界に閉じ込め、死ぬまで放置したのだ。
 死んでから、結界をほどいた。
 ただ、それだけの簡単な。魔術師以外には、たどり着けない犯罪。

 しかし、少女と話そうとしてみて、彼は戸惑った。
 少女はおろか、彼女の両親も魔術とは何の関係もない、一般人に過ぎなかったのだ。

 けれど、少女は彼の糾弾を否定しなかった。
 どこかで認めているような、心当たりのある態度。
 事件と自分は関係ないのだと、言い切りたいのに言い切れない。
 そんな戸惑いが透けて見えた。
 
 彼女が認めても認めなくても。
 現場に残っていた魔力の残滓は、間違いなく彼女のもので。
 地元の魔術協会支部と協議の上、ウェイバーは彼女を弟子として英国に連れ帰ることにした。

 少女の両親は協会の決定を不思議なほどあっさりと受け入れた。少女も黙って彼についてきた。
 つまりは、両親も少女自身も、山で死んだ三人に何が起きたのか心の底では知っていたのだ。

 少女は表向き、病死として処理された。もう、一般人の社会に戻ることはない。
 彼は少女にアリシアという新しい名前を与えた。
 
 行きがかり上、人を殺してしまった少女を導く立場になった彼だが、戸惑うことは多かった。何より、彼は結界の専門家ではない。魔術の基礎も知らない彼女が、どうやって三人を死に追いやったのか。それがどうしてもわからなかった。
 彼女に話させようとしても、埓があかない。
 ようやく英語を覚えたばかりの少女は、まだ簡単な会話しか出来ないのだ。

 そこで彼は、たまたま時計塔に滞在していた、弟子と母国を同じくする魔術師に意見を請おうと考えた。その魔術師は、結界術の専門家としても名高い。相談するにはもってこいの相手だと思えた。
 伝手を頼って、ようやく相手にコンタクトが取れたのが昨日。
 異国の魔術師は、すぐに子供を連れてくるように指示した。

 そうして、相手は期待通りに事件のからくりを見抜いてくれた。
 成程、どうやら自分は結界術に拘泥しすぎたようだ。一般人として育った彼女がどうやって結界術を知り得たのか、そのことばかり探ろうとし続けていた。
 しかし、彼女自身の魔術特性が結界に近い効果を出しうるものであれば。術など知らなくても、同じ結果を得られるだろう。

                            =続く=

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遠い海鳴り① (Fate/Zero 二次小説)

「空の境界」とのクロスオーバー作品で、メインキャラにオリキャラがいます。苦手な方はご注意ください。

「では、こちらに来たまえ」
 ウェイバーの用件を聞いた魔術師は、ふん、と鼻を鳴らしてから面倒そうに言った。
 苦悩に満ちた表情と声は、そんな些事に関わっている暇はない、と言いたげだ。

 その顔に怯えて、少女はウェイバーの後ろに隠れてしりごみした。
 ウェイバーは、彼女を魔術師の方に押しやる。
「来て、よく顔を見せなさい」
 怯えながら、少女は二、三歩前に踏み出した。それから、あるラインでひどく怯えたように足を引っ込める。
「どうした、アリシア」
 ウェイバーはイライラして言った。
「きちんと振る舞いなさい。ミスター・アラヤに失礼だろう」
 だが、少女は怯え切った様子で、一定以上荒耶という魔術師に近付こうとしない。かといって、ウェイバーの方に戻ることも出来ず、困りきった表情で立ちすくんでいる。

「ふむ。君は、わかるのか」
 しかし、荒耶は気分を害した様子もなく、ただ値踏みするように子供を眺める。
「成程。確かに素質はあるようだ」
 
 ウェイバーが、相手が何を言っているのか測り兼ねているうちに。
 荒耶という名の年経た魔術師は、大声で一喝した。
「逃げろ。私から、身を隠してみろ」
 その声に、子供はビクリと反応した。
 
 逃げ場所を探すように、辺りをキョロキョロする。その黒い目が、一瞬、ウェイバーのところで留まる。
「違う。その男は、お前の隠れ場所ではない」
 魔術師が宣告するように言った。子供の目は、また宙を泳ぎだす。
 そして。
 
 不意にウサギが飛のくように、少女は左に向かって走った。
 怯えきって、足がもつれたような走り方。
「ア、アリシア。どこへ行く」
 ウェイバーは、少女を止めようと手を伸ばした。
 その目の前で。空間に吸い込まれるように、少女が消えた。

「え?」
 ウェイバーは呆気にとられる。その横で、陰鬱な表情の魔術師は我が意を得たりと言うようにうなずいていた。

「ウェイバー・ベルベット殿」
 名前を呼ばれてドキリとする。自分から、進んで少女を連れてやって来たとはいえ、この不吉な雰囲気を纏った男に名を呼ばれるのは、あまり気持ちの良いことではなかった。

 魔術師は言葉を続けた。
「見ての通りだ。結界など知らぬはずの、一般人から生まれた子供が結界を使いこなしたわけではない。この子供はただ、魔力の通る道、他人の張った結界を読み取って、その影に隠れただけのこと」
 太い腕が一閃する。と、消えたはずの子供がどこかからつまみ上げられて、再び目の前に現れた。

「この者が起こした事件というのも、つまりそういうこと。出口のない場所に追い込んでしまえば、獲物はそこでじっとしているしかない。時間が経てば衰弱もしようし、飢えも渇きもしよう。こやつは特別なことをしたわけではない。ただ、特別な目を持って力の淀む場所を見抜いたまでのことよ」
 暗い目が、ギロリと子供をにらむ。子供は悲鳴を上げてただ怯える。

「おそらく、起源が『見る』ことに関するものなのであろう。それに添って力を引き出してやれば、一通りのことは出来るようになるだろうが、な」

                               =続く=

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