人生万事塞翁が馬

シュレッダー (TVドラマ「共犯者」 二次小説)


 始業の合図とともに、キーボードを叩く音が室内に乱舞する。無機質なその音を聴きながら、無機質な画面に私は目を落とす。
 流れていくたくさんの数字。数字。数字。それを私は確認し整理し分類し適切な処理を施して送り出しまた新たな数字を迎え。
 流れていくそれはただのデータ。意味はない何もない何も存在しない。2ビットの論理に支配された世界に映し出されては消えていくうたかたの幻。

 キーボードを叩く女の子たちは皆同じ顔に見える。私は彼女たちを管理し監視する看守。それは別にどうでもい何でも構わない。無機質で無個性な彼女たちは流れていく数字と同じ。意味はないどうでもいい、消えたら補充され補充されては消えていく存在。


       無 個 性


       本   当   に   ?


ふゆかわかちょうはおしゃれしないねなんだかいきてないみたいみっともないけっこんしないのできるわけないじゃんなにがたのしくていきてるんだろうねきいたことあるじゅうごねんまえのじけんでさ。

 
  十五年前のあの光景。倒れた彼女を抱き起す。その冷たく強張った躰。 
  あの時、階段で二人を見た。彼女が彼に寄り添って。彼女は彼女は彼女はどうしてどうしてどうして
  あのひとはわらっていた。
  風景は記憶の中で二重写しになって溶けて混ざってバターになってかのじょのかおがもうみえない。


 十五年前、親友が死んだ。殺された。殺人事件だった。
 彼女と最後に会ったのは私だった。彼女の死体を見つけて警察に通報したのも私だった。
 
 あの時以来、私の人生は変わってしまった。
 尋問尋問尋問。捜査協力という名の拘束。刑事たちの冷たい目。
 ようやく解放された後も、人が私を見る目は変わらない。
(ほとぼりが冷めるまで距離を置こう)
 彼は言った。
(大丈夫、全てが終わったらきっと)
(僕たちは●●●●●●●だろう?)

 思い出は擦り切れてかすれて薄れて、あの人の言葉ももう思い出せない。
 彼女のことも思い出せない。

 しんゆうだった、わたしたち。
 あのこはどんなこえでしゃべりどんなかおでわらったのだったか。

 紗江。塔山紗江。
 私の親友だった人。殺人事件の被害者になった人。
 十五年は長い。本当に長い。もう彼女のことで思い出すのも、死に顔と体の重みだけになってしまった。

 ひとのくびはしめあげればほそくほそくなるのです
 りょうてのなかにはいるくらいになるのです

 彼女が死んでいなくなって、私の人生は変わってしまった。
 本当の私を殺して、目立たないこと周りに埋没することだけを考えて、私は時が過ぎるのを待ち続ける。
 
すりきれてちぎれてばらばらになってほんとうのわたしはどこにほんとうのわたしはだれほんとうのわたしなんていつかどこかにいたのだろうかもえつきてきえうせてきりきざまれてもうなにもわからないくろくぬりつぶされていく。

 鏡の中の私は誰。
 のぞきこむたびに違和感がある。
(私は本当は)
 殺人事件の時効は十五年。
 紗江を殺した人物が逮捕されることはないまま、その時間は過ぎ去ろうとしている。
(いつだってもっと綺麗に)
 紗江がどうして殺されなくてはならなかったのか。
 明らかにされることはないままにあと三ヶ月で時効になる。
(解放される)

 一日が終わるたび、私はカレンダーの日付を黒く塗りつぶす。
 私を、自分を、想いを、過去を、真実を。そうやってひとつひとつ葬っていく。

 じかんがすぎればすべてはおわるほんとうのわたしにもどれるの
(本当に?)
 もうなにもがまんしなくていいもううそをつかなくていいもうじぶんをころしつづけなくていい
(本当にそう思っている?)
 あのひとはやくそくしてくれた
(十五年は長い。時間は巻き戻らない)
 やくそくしてくれたの……

(大丈夫)
 誰かが耳元で囁いた、気がした。
(おれが君を守ってあげる)

 ディスプレイから顔を上げ、辺りを見回す。
 事務室にはいつもどおり、キーボードを叩く部下たちの姿があるだけだった。

                  =シュレッダー  了 =
 
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