人生万事塞翁が馬

イバラヒメとニンギョヒメ (TVドラマ「共犯者」二次小説)


「みさき。みーさき」
 声がする。
「もう終業時間だよ。帰ろ?」
 うつむいた顔に手を伸ばし、優しく上を向かせる。
「あは、ひどい顔。せっかくのメイクが台無しだよ。顔洗って。美咲ほどうまくないけど、この紗江さんがメイクしてあげましょうかー?」

 白い手。細い指。優しい動きが頬をなでる。
「中尾部長ひどいよねー。若いのに切れ者だってうちの伯父さんは言ってるけど、私は苦手。部下を将棋の駒か何かと勘違いしてる感じ」
 化粧水をしみこませたコットンが、洗い立ての肌を優しくたたくように動いていく。
「ファンデーション借りるね? ふふ、美咲の匂いがする」

「それにしてもおかしいね。同期の男性社員を震え上がらせる、我がGSカードの華・冬川美咲があの部長には勝てないんだもん」
「……論理で……追い詰めてくる人……にがて……」
「ねちっこいしね。こっちを落とす時には二重三重に行く手を塞いでくる感じ。ヘビかっつーの、やだやだ」
 下地の上から丁寧にファンデーションを塗る。顔を上げると鏡の中の顔は、いつもより少しだけやわらかい印象に見えた。
 ……どうしてだろう?

 不意に気づいた。アイブロウの色が、チークの色がいつもと違う。いつもよりずっとやわらかい……彼女の使う色。
「うっふっふー。それではこの新作の桜色アイシャドウとルージュをですねー」
「や、やめて」
 きつい声が出た。
「やめて。似合わないから」

「え? 何言ってるの、似合うよー。美咲は綺麗なんだからさ、何だって……」
「似合わないから!」
 拒否。圧倒的な拒否。
 白い指が止まる。離れていく。

「ごめん。そんなに嫌ならやめる」
 返事はしない。声が出ない。
 ふざけ半分とはいえ、好意でやっているのは分かっているのに。笑って流せない……なんて嫌な女だろう。苦い気持ち。

 その頬にもう一度指先が伸びる。つねられるのか叩かれるのか。何らかの暴力を警戒して身を固くする。
 それを緩めるように、桜色の爪はちょん、と優しく頬をつついただけだった。

「派手なメイクは美咲の鎧なんだよね。紅いルージュも濃いマスカラも、全部美咲の武器なんだよね」
 鏡の中の顔は、優しく笑っている。
「ごめん。泣いてる美咲が可愛かったから、本当の姿を見てみたくなった」
 細い手が後ろからギュッと、固い体を抱きしめる。

「美咲はさ。男の先輩だって怒鳴りつけちゃうくらい強いのに……ホントはとっても弱くて、こんなに怯えてて。生まれたての小鳥みたいに頼りなくて。だからさ、何ていうか……守ってあげたいのと同時に、いぢめたくなる」
「へ」
 間抜けた声が出た。鏡の中から見返すのは、いたずらっぽい笑顔。
「何ていうの? 嗜虐心? 一所懸命に築いたお城を崩して、固い鎧を脱がせてみたくなるってゆーか? そういうエッチい気持ちにさせるんだよね、美咲って」

「ちょっと。やだ。何言ってるの」
 言い返す声にも、思わず笑いがこもって。
 鏡の中の顔と、笑みを交わし合う。

「あーあ。私が男だったらなあー」
 心底、残念そうな声。
「美咲をさらって私だけのものにして、一生大事に守るのに。茨のお城で自分を守って眠ってる、強くて弱い美咲のことをずーっとずーっと守るのに」
 そういう声と目は、何だか妙に真剣で。

「……紗江。好きな人いるの」
 その質問に鏡の中の顔はほんの少し哀愁を纏う。
「ちょっと違う。いたの」
 含みのあるその答えに、二人の間に沈黙が落ちる。数秒の後、彼女は続きを口にする。
「大学の時に、付き合っていた人がいたの。好きだったし、好きになってくれた。子供みたいな恋だったけど、幸せだった」

 続きを促す沈黙に、彼女は困った顔をする。
「彼、死んだの。二年前、海の事故で」
「……まだ好きなの?」
 問いかける言葉に、わからないと答えが返る。
「死んでしまってもう会えない人を、本当の意味で生きていた時と同じように愛せるのかな。私はとても彼を好きだった。でも今も同じように好きなのかは分からない。……だけどね。言いたかったのに言えなかった言葉も、言わなきゃいけなかった言葉もたくさんたくさんあったの。その残骸が私の中に波のように打ち寄せて、他の人を恋するなんて今は考えられないの」

 そう言う彼女はとても哀しそうだった。
 手に入らない恋を見つめている人魚姫のようだった。

「うふふ。でもね、男だったらきっとホントに美咲のこと好きになっちゃってた。絶対」
「……冗談ばっかり」
「冗談じゃないよ。美咲のこと大好きだもん。うん、もし私が男だったら。泣いてる美咲にこう言うよ。大丈夫、私が君を守るよって。ナイトみたいに」



 それは二人の、二人だけの蜜月。甘い甘い時間。
 満ちた月はいつかは欠ける。そんなことも知らないままの honey moon。

 壊れていくのを見たくなかった。
 壊してしまいたくなかった。
 ずっとずっとあなたと一緒にいたかった。

 ……紗江……。

                       =イバラヒメとニンギョヒメ  了 =


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コメントコメント


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なるほど。
こういうの別の顔も持ってたんですね。

お話は、元の話がわからないんで、今一つイメージが出てこないんですけど、今までのお話よりちょっと大人っぽい感じのとこがいいかなーと。

ま、大人に、大人っぽいとか言ったら怒られちゃいますけど、ただ、登場人物がこういう雰囲気のお話、もっと読んでみたいです(笑)

ひゃく | URL | 2017/03/05 (Sun) 19:19 [編集]


Re: ひゃくさん

こちらにもコメントありがとうございます。

> 今までのお話よりちょっと大人っぽい感じのとこがいいかなーと。
おお……そうですか。元ネタがドラマなだけで結構変わるのかな。

元ネタのドラマは2003年の放映で、美咲を浅野温子さん、紗江を中山忍さんが演じてらっしゃいました。
とはいえ紗江は回想でしか出ない人物で、美咲との親友っぷりもほぼドラマ内ではなかったのでその部分を想像してみた感じですね。
美咲を浅野温子さんのイメージで書いたからなのかな?

> 登場人物がこういう雰囲気のお話、もっと読んでみたいです(笑)
おー。そういう需要がありますか、それは意外でした。ありがとうございます、考えてみますね(*^-^*)

椿 | URL | 2017/03/05 (Sun) 23:39 [編集]


 
 

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