人生万事塞翁が馬

夏の挽歌 (「真田丸」二次小説)


 馬を駆る。まっすぐにまっすぐに。
 ひと足ひと足飛ぶように走る獣の背に乗り、私はその呼吸を聞く。血と汗のしみこんだ具足は、蹄が地を蹴るそのたびにがちゃがちゃと重い音を立てる。
 悲鳴と怒声、銃声と剣戟があふれる戦場をひたすらに駆けていく。
 今、私は生きている。

 真田の陣の脇を通る。ただ一人立ちはだかる若侍は、信吉か信政か。一度だけ会った兄の子たち。信政だろうと思う。大きな体格もこちらを見る血気盛んなまなざしも温厚な兄より音に聞こえた猛将の血を引く義姉を思い起こさせる。兄はさぞかし手を焼いているのだろうな、とこんな時なのに笑みがこぼれる。
 だが徒歩で騎馬隊の前に出るなど愚策。戦を知らぬ世代はこんなにも向こう見ずなのだろうか。かまうな、と下知しようとした時に先駆けの足軽が倒れた。若侍を守る者が現れた。
 その太刀筋を忘れはしない。お前か、三十郎。

 懐かしい顔が私を見る。その槍の穂先が私に向かい、まっすぐに突き出される。
 変わらないな。それをさばきながら私は微笑む。向けられた刃は確かに私の命を狙ったし、私もそれを放った相手を遠慮なく地に突き倒す。それでも、それが出来る者だから私はお前に兄上を託した。共には行けぬ私の代わりとなり、兄に尽くし兄を守れと命じた。
 あれから何年たったのか。今も変わらずその命を愚直に守り続けてくれるお前がいるから。お前がいてくれれば兄は、真田は大丈夫だと思えるから。
 だから私は思うまま駆けていける。

「小兵に構うな」
 声を張り上げ二人を捨てて走り去った。それが敵に回った私が、兄と真田のために出来る最後の奉仕。
 兄の子たちは豊臣方についた私に果敢に立ち向かった。刃を交えた。これで徳川に対する面目は立つはず。後はきっと兄が何とかする。


 駆けていく。本陣に近付くにつれ、敵は数を増やし隊の密度は増していく。
 付き従う者たちがどんどん欠けていく。
「お行きなされよ」
 敵に囲まれ刃を受けながら作兵衛が叫ぶ。
 作兵衛、皆。こんなところまで付き合わせてしまってすまない。お前たちのことを思うなら。真にお前たちの主として生きるなら。濠が埋められ出城が毀たれたあの時に、私は大坂を去るべきだった。いや、そもそも九度山を離れこの場所に来るべきではなかった。
 それでもここへ来たのは私のわがまま。 
 だから。

 ありがとう。お前たちのおかげでここまでやって来れた。
 私は、最後のけじめをつけるため。
 お前たちを置いても目指す場所へ駆けていく。
 私が、私であるために。

 
 次男坊の私には何もなかった。家と領地を継ぐ兄上のようにその重みに苦しむこともなく、代わりに手にするべきものもなかった。
 それでも才気があるなどと周りにほめそやされていた頃は、自分が兄より優れていると信じ、それで兄の役に立てば良いなどといい気になっていた。
 愚かなものだ。いつの頃だろう。地道に一歩一歩進んでいく兄が、軽佻浮薄で地に足のつかぬ己よりずっと優れていることに気付いたのは。

 私の才など、小県を一歩出れば微々たるものでしかなかった。
 私より優れた様々な人が戦に斃れ、より強い者の前に膝をつくのを何度も目にし。
 私の手は誰一人、何一つ守ることが出来なかった。
 源次郎信繁は小細工を弄してその場しのぎで生きるだけの男でしかなく。
 左衛門佐の位を賜っても何も変わることはなかった。

 そんな男だったから。
 そんな男だからこそ。
 最期のこの時をまっすぐに、思いのままに駆けていく。


 大坂は落ちる。
 濠を埋められた時に勝負は決した。守りを固めきる前に戦陣が切られて、その運命は覆しようもなくなった。
 止めようもない大きな流れ。その中で私に出来るのは、その時をわずかでも後に伸ばすこと。
 城に生きた人たちの命を、わずかなりともつなぐこと。

 後藤殿は死んだ。長曾我部殿も行方知れず。
 明石殿は、毛利殿は? まだ生き残っておられるか。
 
 大助。よく付き従ってくれた。父の亡き後は、どうかお前の思いのままに。
 春。梅。大八。伊達殿が良くしてくれることを祈る。
 どうかお前たちの道がこの先に続くよう。
 すえ。幸せに生きてくれ。

 茶々さま。死に囚われるのではなく、生きていることに誇りを持ってお過ごしください。
 きりは……うん、お前のことはあきらめた。どうせ私が何を言おうと、好き勝手なことをして好き勝手に生きるのだろう?
 
  
 後に残す人たちの顔が次から次へと浮かんでは消えていく。
 最期くらい、自分の思うがままに。愚直にまっすぐに、何の策を弄することもなく。似合わないことをやってみる。
 ああ、私は兄のようになりたかったのだなあ。 

 
 この戦の趨勢はもう変わらない。そんなことは分かっている。それでも私が駆けるのは、亡父の妄執が乗り移ったか。
 いや。
 あの日、憧れた父の姿に。
 上杉の御屋形様が目指したものに。
 少しでも近づきたくて。

 報われずとも闘い続けた治部様のように。
 私という男が生きた証を。
 あの人たちが懸命に生きた証をつなぐため。
 全身全霊をかけ、この時代の挽歌を奏でてみる。


「殺したければ殺すがよい」
 対峙した男は揺るがぬまなざしで私を見る。
 
 ああ。私の短い人生で、何度も出会ったこの人は。
 敵であったことの方が多かったけれど。
 それでもいつも、まっすぐにたゆみなく歩み続ける者の目をしていた。
 奇策を打つこともなく。けれんに走ることもなく。
 ただ一歩ずつまっすぐに歩き続けて、その場所にいる。

 相対する私と来たら、まったく薄っぺらで軽々しいものでしかないけれど。
「それでも父のため。友のため。先に散った者たちのため」
 この時代を共に生き、死んでいった全ての者のため。
 この戦で命を散らしていく全ての者のため。

 薄っぺらでも軽々しくても、中身のない見かけだけでも構わない。
 派手なケレンで人目を引いて、自分も人をも踊らせてしまうのが真田の流儀。
 高く上がった血煙で、お前の、私の、あの人の、あの方の。
 この血塗られた戦の日々の終わりを告げる歌を謳うのが、私に出来る最後の役目。

 
 現れた援軍が、狙った相手と私の間を遠ざける。
 私は空を仰ぐ。夏の空は青く雲は白く。お天道様は人の世のことなど知らぬ顔で輝いている。


 私の歌は届いたか。私の生きた証を、誰か耳に留める者はあったか。
 
                     =了=


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コメントコメント


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NoTitle

椿さん、こんばんは!!^^

「真田丸」、観れるときは観ていました。それで?人物名、わからないのがハーフハーフで、、でも、この二次小説、とっても良い雰囲気で、良い感想文であることだなあと感じました。私はいまだに?読書感想文と聞くと、小学生時代のあらすじも書けない自分が蘇ります(おおげさです)。m(__;m

くわがたお | URL | 2017/01/30 (Mon) 01:37 [編集]


Re: くわがたおさん

コメントありがとうございます。

お読みいただきありがとうございました<m(__)m>

いえいえ、自己満足のポエムなんですけれども(^-^;
読書感想文は本当に苦手でした……。何を書いたらいいか分からなかったし、今にして思うとそもそも自分が好きな本を読んで感じた感想は、全然「大人が期待する感想文の感想」じゃなかった(笑)

椿 | URL | 2017/01/31 (Tue) 15:23 [編集]


 
 

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